東京法務少年支援センター分室 講演会

 

東京少年鑑別所・東京法務少年支援センター

 首席専門官 朝比奈 牧子

  

令和2115日(水)、東京拘置所に所在する真北クラブにおいて、東京矯正管区、東京拘置所、東京少年鑑別所が共催する形で「東京法務少年支援センター分室講演会」が開催されました。

東京法務少年支援センターは、練馬区の東京少年鑑別所において、「地域援助業務」として、地域の方々から非行や犯罪の防止に関する問題や思春期の子どもたちの行動理解に関する御相談をいただいたり、関係機関の方々と連携して青少年の健全育成に携わる各種活動を行ったりしてきたところですが、その利用者は、所在地から比較的近い東京23区北西部に集中する傾向があり、立地や交通の便等の理由から、東京東部地域の方々には利用しにくい状況にあることが懸念されていました。そこで、東京北東部の葛飾区に所在する東京拘置所に「東京法務少年支援センター分室」を設置するアイディアが平成30年度から検討され始め、令和元年7月にその運用を開始しました。

本講演会は、東京拘置所近隣の東京東部地域にお住まいの方や同所及び当所の関係機関の方々に対し、東京法務少年支援センター分室の開設について御案内するとともに、地域社会における子どもや若者、保護者の「居場所」をテーマに講師による講演会やパネル討議を行い、東京法務少年支援センター分室の今後の活動の在り方について、講師の先生方から御提言をいただくこと等を目的として開催されました。当日は、冷たい雨の降りしきるあいにくのお天気でしたが、100名を超える方々に御来場いただき、皆様大変熱心に耳を傾けてくださいました。

講演会講師としてお招きしたのは、NPO法人「食べて語ろう会」理事長の中本忠子先生と、東京大学特任教授・NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長の湯浅誠先生です。

 

中本忠子先生の講演

中本忠子先生は、広島県の御出身で、昭和50年代から保護司を務めておられましたが、その活動をなさる中で、非行を犯す子どもたちの多くが「お腹が空くから悪さをする」ことに注目され、以降子どもたちに無償で食事を提供してこられた方です。中本先生に一度お会いしたかった、として今回御参加くださった都内各区の保護司の先生方も多数おられ、講演終了後に「素晴らしい先輩にお会いできて、保護司としての活動に改めてやり甲斐を感じた。」との御感想をお寄せくださった方もいらっしゃいました。

中本先生の御講演では、保護観察中の子どものみならず、その子どもが連れてきた友達の食事をも準備し、子どもたちが仕事に行くといえば弁当を持たせ、子どもの親や既に成人した若者たちの話も聞き、帰る場所がない子どもたちを数か月にわたって居候させ、汚れた衣類を洗濯してこざっぱりさせるなど、その活動は実に多岐にわたってきたことが紹介されました。こうした活動を行うに当たっては、他の方から悪く言われたり、やめた方がよいと忠告されたりする御経験もあったとのことですが、そうした逆境がかえって「この子たちをどうにかしてやりたい。」という気持ちを強めた、とのお話もありました。

中本先生の元には、現在でも「ばっちゃん(中本先生の愛称)なら何とかしてくれる。」という噂を聞きつけた沢山の人から直接電話がかかってくるとのことです。こうしたSOSの一つ一つに、「どうしてだか。」、「困ったもので。」と言いながらも、「すぐに心配になって。」、どうにかしてやりたいと手を尽くしておられる御様子がうかがえ、相談を持ち掛けた人にとっては、これほど心強いことはないだろうと感じられました。地域に居場所がない子どもたちや心細さを感じておられる保護者たちにとって、最も理想的な支援者の在り方を見せていただいたようにも感じられました。

しかし、中本先生はこの世にお一人しかおられず、全国の困っている子どもたちの面倒を見ていただくわけにはいきません。私どもにできることとして、中本先生の取組を一つの理想形としつつ、中本先生の手が届かない場所においても、行政や地域が困っている子どもや若者、大人たちに同様の支援を届けるためにはどのような仕組みが必要か、だれに何ができるのかを考えていくことが必要なのだ、との思いを新たにいたしました。地域援助業務の枠組みにおいても、他の機関と連携しながら、果たすべき役割について模索してまいりたいと考えております。

 

湯浅誠先生の講演

お二人目の演者である湯浅誠先生は、東京大学法学部を御卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科の博士課程に在籍しながら平成一桁代ころからホームレス支援等に従事され、リーマンショック直後の平成20年末には年越し支援村の「村長」として、生活困窮者支援にも尽力された方です。その後、内閣府参与に就任されたり、法政大学教授として教鞭を取られる御経験を経て、近年は子ども食堂の持つ多面的な機能に注目され、全国ネットワーク化にも取り組んでおられます。

子ども食堂は、名称には「子ども」とありますが、食堂を運営する側の地域の方も含めて、だれでもが集える場として有効であること、地域づくりの一つのモデルとなり得ること、そこで生まれる地域のつながりが貧困や非行などの課題を抱える人に支援を届ける糸口にもなること、などが紹介されました。貧困の場合も非行の場合も、地域で困っている方が自ら支援を求めることは少なく、困っているとの自覚がなかったり、困っていることを認めたくなかったり、周囲に悟られたくないと感じている中で、子ども食堂は「だれが行ってもいいところ」であるからこそ、真に困っている人にとっても行きやすいということに価値がある、との御指摘もありました。ここから、相談者が法務少年支援センターの門をくぐることのハードルの高さを改めて感じるとともに、法務少年支援センターが「困っていなくても来られる場所」になるためにどのような工夫ができるかを考える必要があることが、課題として浮かび上がりました。

 

 パネルディスカッション

後半は、前記のお二人に加え、NPO法人「再非行防止サポートセンター愛知」理事長の高坂朝人先生、NPO法人「育て上げネット」若者支援事業マネージャーの井村良英先生をお迎えし、東京矯正管区の朝比奈卓少年矯正第二課長も加わってパネルディスカッションを行いました。

高坂先生からは、ある場所が「居場所」となるためには、その場にいる相手との間の信頼関係や、相手からの真心のあるかかわりが不可欠であるということが、実体験に基づいて紹介されました。また、この観点から、逮捕から社会復帰後までを同じ人が支えられるような仕組みが必要と思われること、非行のある子どもを支援する上では、その保護者に対するサポートも欠かせないことなどの御提言がありました。

 

これに対して、中本先生もまた、保護者に対する支援の必要性に言及され、さらに、相手との信頼関係は一朝一夕には築かれないことを前提として、「出会ってすぐから、あれこれ質問しないようにしている。」という関りのコツについて御紹介がありました。聞かれれば子どもは、何か答えなければと思うところ、それが言いたくないことであれば、うそをついてごまかしてしまうこと、子どもに一度うそをつかせてしまうと、後が難しくなることを説明され、だからあれこれ聞かないのだ、とのことでした。こうした細やかな配慮が重ねられた結果として、中本先生に対する信頼感が築き上げられていく様が目に浮かぶように感じられました。支援者には、すべきこと、した方がよいことだけでなく、すべきでないこと、しない方がよいことも多くあることに気付かされました。

また、井村先生からは、子どもたちにとって居場所となり得る場所は「喜んで行きたいと思う場」であろう、という日々の実践から感じられておられる思いの御紹介がありました。また、少年院で少年たちの学習支援を行っておられる中で「支援という言葉には上下関係があるように感じられ、活動を続ける中で子どもたちに対して支援という言葉を使えなくなった。今は応援という言葉を使っている。」とお話しされていたことが印象的でした。

 

確かに「支援される場」には喜んで行きたいと思えないかもしれないところ、「応援される場」であれば喜んで行きたい人は多いことと思います。同日の講演会で、多様に議論された「居場所」について、重要な定義を御提示いただいたように感じられました。

 

少年鑑別所の地域援助業務

少年鑑別所の地域援助業務は、平成28年に施行された少年鑑別所法によって法制化されたもので、長い少年鑑別所の歴史の中では、比較的新しいものです。それだけに、地域援助業務で何をすべきか、何ができるのかという点において、今後の発展可能性を多く含んでいるともいえます。再犯防止推進法が施行され、非行・犯罪の防止に関わる各機関や地域が相互に連携することの重要性が共有される中で、法務少年支援センターが果たすべき役割について、今後とも多くの方の御意見を伺いながら、柔軟に考えてまいりたいと思い直す貴重な機会となりました。

最後になりましたが、当日御登壇いただきました講師各位と、当日御参加いただきました皆様に心より御礼申し上げますとともに、保護司の皆様には、今後とも東京法務少年支援センター及び同分室の活動に対する御指導と御支援を賜りますように改めてお願い申し上げます。

以上 

 法務少年支援センターのシンボルマーク

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